静岡支店へ転勤

 東京本社に9年居て、私は静岡支店に異動となりました。

 着任して三ヶ月が過ぎた頃、非常に困ったのは、支店のビルが繁華街の入り口にあることでした。夕方になると、取引先の方がひょっこり顔を出す。人と話すことが大好きな私は、すぐにシゴトを早仕舞いして、飲みに出てしまいます。毎晩のようにそれが続き、肝臓が壊れるか、財布が壊れるか、どっちが早いんだろうと思ったくらいでした。

 こりゃ少し運動しなきゃカラダが壊れるな、と思い、子供の頃から格闘技をやっていた私は、仲間内で会社の会議室を借りてキックボクシングの練習を始めたのでした。
 その仲間内で始めたキックボクシングの練習がトンでもないことになっていくのです。当時K?1がテレビで流され、格闘ブームになり始めの頃でした。練習を始めて一ヶ月くらいした頃、会社の後輩が、

「有賀さん、今度取引先の人が参加したいって言ってるんですが、いいっすか」
「いいよ」

 営業マンの私としては、地元に人脈も広げられるので、もちろんウェルカムでした。
 すると、今度は参加した取引先の方が、

「キック、私の友人も連れて来ていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」

 こんな感じて、毎週水曜日に稽古に参加する人間が次第に増え始めたのです。
口コミの恐ろしさなんでしょうね。仕舞には、部下がナンパした女の子に、小学生、高校生、大学生、地元の消防士さんに留学生まで参加するようになり、いつのまにか30人近くに膨れ上がったのです。

 こうなると教える側の私も真剣に取組まなくてはならない。もうサークルの域を超えて道場のような感じでした。
 すると会社の後輩が言いました。

「有賀さん、ここまで人数が集まるなら、月謝取れば良かったですね」

 ボランティアで教えているとはいえ、その後輩の言葉を聞いた瞬間、私の脳味噌は電卓に変身していました。